ログイン王都に、穏やかな朝が訪れた。戦いの傷跡はまだ残っている。それでも街には笑顔が戻り、子どもたちの笑い声が石畳へ響いていた。花屋には色とりどりの花が並び、人々は復興へ向けて新しい一歩を踏み出している。ルピナスは城の窓から、その光景を静かに見つめていた。「本当に……終わったんだ。」小さく呟くと、扉が軽く叩かれた。「ルピナス。」聞き慣れた声だった。振り返ると、フジが少し緊張した表情で立っている。「少し時間をもらえるか。」「もちろん。」二人は王城を出て、静かな庭園へ向かった。満開の藤棚。初めて二人が心を通わせた場所だった。春風が吹き抜けるたび、藤の花が優しく揺れる。しばらく二人は何も話さず歩いた。その沈黙さえ心地よかった。やがてフジが足を止める。「ルピナス。」「はい。」「前世のお前を、俺は知らない。」ルピナスは静かに頷いた。「でも。」「今のお前なら知っている。」「泣き虫で。」「意地っ張りで。」「誰よりも優しくて。」「自分より他人を大切にしてしまう。」ルピナスは思わず笑った。「そんなにひどい?」「ああ。」フジも笑う。「だから放っておけない。」その笑顔を見たルピナスは胸が熱くなる。戦場では見ることのなかった、穏やかな笑顔だった。「フジ。」「ありがとう。」「何度も私を助けてくれて。」「何度も信じてくれて。」「何度も……帰ってきてくれて。」フジはゆっくり首を横に振る。「助けられたのは俺も同じだ。」「お前がいたから、未来を信じられた。」その言葉に、ルピナスの瞳が潤む。フジは一歩近づいた。二人の距離がゆっくり縮まる。「ルピナス。」「俺は。」「騎士としてじゃない。」「王国のためでもない。」「ただ、一人の男として。」深く息を吸う。「お前を愛している。」「これから先も。」「どんな未来でも。」「お前の隣を歩きたい。」静かな風が吹いた。藤の花びらが二人を包み込む。ルピナスは涙を流しながら微笑んだ。「私も。」「あなたを愛しています。」「前世では愛が何なのか分からなかった。」「誰を信じればいいのかも分からなかった。」「でも今は違う。」ルピナスはフジの両手をそっと握る。「あなたとなら。」「どんな未来でも歩いていける。」その答えを聞いたフジは、そっとルピナスを抱き寄せた
静寂だった。あれほど王都を揺るがしていた轟音は消え、世界樹の枝葉を揺らす風だけが優しく吹いている。空を覆っていた黒雲は姿を消し、澄み渡る青空が広がっていた。「……終わった。」誰かが呟いた。その一言をきっかけに、王都中から歓声が上がる。「勝ったぞ!」「世界樹が戻った!」「王都は救われた!」涙を流しながら抱き合う親子。肩を叩き合う兵士たち。マーガレットは避難所で最後の手当てを終え、安堵の息をついた。「皆さん、本当に……よく頑張りました。」ローゼンは剣を鞘へ納め、静かに民へ向き直る。「今日、この勝利を手にできたのは、一人の力ではない。」「この国を信じた全員の勝利だ。」民から大きな拍手が沸き起こる。その隣でマーガレットが優しく微笑んだ。「立派な王様になりますね。」ローゼンは少し照れくさそうに笑う。「まだまだ未熟だ。」「だから……これからも支えてくれるか。」その問いに、マーガレットは静かに一礼した。「喜んで。」二人は言葉少なに微笑み合った。恋は焦らなくていい。新しい物語は、ここから始まるのだから。───王城の中庭。ダリアは大きく伸びをすると、ルピナスの手をぐいっと引いた。「さあ、こっち!」「えっ?どこへ?」「決まってるでしょ。」「戦争は終わったの。」「次は恋の時間よ。」ルピナスの頬が真っ赤になる。「な、何言ってるの!」「もう!」ダリアはくすくす笑いながら、ルピナスを自室へ連れていく。鏡の前へ座らせ、乱れた髪を優しく梳かした。「ほら。」「こんなに綺麗なのに、戦いで台無し。」藤色のリボンを結び、薄紫のドレスへ着替えさせる。ルピナスは照れながら鏡を見つめた。「久しぶり……こんな格好。」「当たり前よ。」ダリアは満足そうに頷く。「今日は王女じゃない。」「一人の恋する女の子。」その言葉に、ルピナスは胸が熱くなった。「ダリア……。」「行ってらっしゃい。」「フジ様がお待ちよ。」───王城の裏庭。満開の藤棚の下で、一人の青年が立っていた。黒髪を風になびかせ、静かに空を見上げている。フジだった。足音に気づき、ゆっくり振り返る。その瞬間。言葉を失った。薄紫のドレスに身を包んだルピナスが、恥ずかしそうに立っていた。「……綺麗だ。」思わず漏れた本音。ルピナスは顔を真っ赤にし
世界樹の頂から、一筋の紫色の光が天へと伸びた。それは夜空を覆う黒雲を貫き、王都全体を優しく照らしていく。「始まる……。」ラベンダーが静かに呟く。「これが、世界樹が選んだ最後の戦いです。」絶望の化身は、四人を見下ろしていた。その巨大な翼は空を覆い、大地には黒い霧が降り注ぐ。『希望ハ……消エル。』『何度デモ。』『何度デモ。』その言葉とともに、無数の黒い槍が四人へ降り注いだ。「散開!」ローゼンの声が響く。フジがルピナスを抱き寄せ、一瞬で後方へ跳ぶ。アスターは白銀の結界を展開し、黒い槍を受け止めた。轟音が王都を揺らす。「今だ!」ローゼンが黄金の剣を振るう。王家に伝わる聖剣が、絶望の化身の翼を切り裂いた。しかし、その傷はすぐに黒い霧で塞がれてしまう。「まだ足りない……!」ヘリアンサスと兵士たちも加勢する。マーガレットは避難所で人々を励まえ続け、ダリアは負傷者の手を握り続けていた。その祈りは世界樹へ届き、一本、また一本と藤の花が咲き始める。ラベンダーは世界樹へ杖を掲げた。「皆さん!」「思い出してください!」「守りたい人を!」「愛した人を!」「信じたい未来を!」その瞬間だった。世界樹がまばゆい光を放ち、一人ひとりの胸に刻まれた紋章が輝き始める。ローゼンの黄金の王冠。フジの黒き剣。アスターの白銀の薔薇。そして、ルピナスの紫の花。四つの光は空中で一つに重なり、巨大な紋章となって夜空へ浮かび上がった。ラベンダーが静かに微笑む。「これこそが――。」「CARDINAL。」『CARDINAL……?』絶望の化身が初めて、その名を口にした。ラベンダーは頷く。「四つの柱。」「希望。」「守護。」「覚悟。」「贖罪。」「どれか一つでも欠ければ、世界は支えられません。」ルピナスはフジを見る。フジも頷いた。もう言葉はいらなかった。二人は互いの手を強く握る。「約束したよね。」ルピナスが微笑む。「この手は離さない。」フジも優しく笑う。「ああ。」「一生離さない。」その瞬間、二人の魔力が一つに重なった。紫と漆黒の光が渦を巻き、世界樹の光と共鳴する。ローゼンは静かに剣を掲げる。「未来を、この国へ。」アスターは胸へ手を当てる。「過去は、ここで終わらせよう。」四人が同時に前へ踏み出す。「行
黒い槍が、夜空を切り裂いた。絶望の化身が放った一撃は、一直線に世界樹を目指していた。「あれを止めろ!」ローゼンが叫ぶ。フジが地を蹴る。アスターも魔法陣を展開した。だが──。「間に合わない!」世界樹まで、あとわずか。その瞬間、一人の男が前へ出た。アスターだった。「アスター!」ルピナスの悲鳴が響く。彼は静かに微笑む。「これが……私の贖罪だ。」白銀の魔法陣が幾重にも重なり、巨大な結界となって世界樹を包み込む。轟音。黒い槍と結界が激突し、眩い光が王都を飲み込んだ。衝撃で全員が吹き飛ばされる。煙が晴れた時、世界樹は無事だった。しかし、アスターは片膝をつき、口元から血を流していた。「アスター!」ルピナスが駆け寄る。「どうして……!」アスターは苦しそうに笑う。「何百年も前……。」「私は、お前を守れなかった。」「だから今度こそ……守りたかった。」ルピナスは首を横に振る。「そんなことのために命を懸けないで!」「あなたはもう十分苦しんだ!」涙が止まらなかった。アスターは静かに空を見上げる。黒い雲の向こうには、星が少しだけ見え始めていた。「私は……間違え続けた。」「世界を救うためと言いながら、本当は……。」言葉が途切れる。「失うことが怖かっただけだ。」何度も世界をやり直した。誰かを救おうとした。だが、それは未来を信じられず、過去に縛られ続けた結果でもあった。「私は……前へ進めなかった。」ルピナスはそっとアスターの手を握る。「もう終わったよ。」「あなたは、ちゃんと未来へ進めた。」「みんなを守ってくれた。」「もう、一人で罪を背負わなくていい。」アスターは目を閉じる。その頬を、一筋の涙が流れた。「ありがとう。」その言葉は、ルピナスだけでなく、フジやローゼンにも向けられていた。ローゼンは静かに剣を胸に当てる。「お前は敵ではなかった。」「この国を救った英雄だ。」フジも小さく頷く。「胸を張って生きろ。」短い言葉だった。だが、それはフジなりの最大級の敬意だった。アスターはゆっくりと立ち上がる。傷ついた身体は限界だった。それでも、その瞳には迷いはない。「今度は、未来のために戦おう。」彼は黒薔薇の仮面を外した。長い間、自らを縛り続けてきた象徴。それを静かに地面へ置く。仮面は音
世界樹の祭壇が激しく揺れた。絶望の化身が翼を広げるたび、王都全体が悲鳴を上げるように震えている。城壁では、なおもフジとヘリアンサスが魔物の群れを食い止めていた。ローゼンは兵士たちを率い、最後の防衛線を守っている。誰も諦めてはいない。だが、誰もが限界だった。ラベンダーは静かにルピナスを見つめる。「花の巫女。」「世界樹は、あなたを待っています。」ルピナスは大きく息を吸い、祭壇へ一歩踏み出そうとした。その時だった。「待ちなさい。」重厚な声が祭壇に響く。振り返ると、サクラディウス国王がゆっくりと歩いてきた。王冠を戴き、王衣をまとったその姿は、威厳に満ちている。しかし、その瞳に宿っていたのは王としての厳しさではなく、一人の父親の優しさだった。「父上……。」ルピナスは思わず立ち止まる。サクラディウスは娘の前まで歩み寄ると、そっと肩へ手を置いた。「幼い頃のお前は、泣き虫だったな。」突然の言葉に、ルピナスは目を丸くした。「庭で転んでは泣き、木登りに失敗しては泣き、ダリアの後ろへ隠れてばかりいた。」「ち、違います……!」「少しだけです。」思わず反論すると、国王は穏やかに笑った。「そうだったか。」その笑顔は、王ではなく父親だった。ルピナスの胸が熱くなる。前世では、父とゆっくり話した記憶がほとんどない。王として忙しく、自分も王女として必死だった。「父上……。」サクラディウスは静かに首を振る。「すまなかった。」その一言に、その場にいた全員が息を呑んだ。「私は王であることを優先し、お前の父である時間を失ってしまった。」「苦しかった時も。」「泣きたかった時も。」「私は気づいてやれなかった。」ルピナスは首を横に振る。「違います!」「父上は国を守って……。」「それでもだ。」国王は娘の言葉を優しく遮った。「どれだけ立派な王でも、娘を孤独にしたなら父としては失格だ。」ルピナスの瞳から涙があふれた。サクラディウスはその涙を親指でそっと拭う。「ありがとう。」「お前は私の娘に生まれてきてくれた。」「それだけで、私は幸せだった。」ルピナスは堪えきれず、父へ抱きついた。幼い頃に甘えられなかった時間を取り戻すように。「父上……!」サクラディウスは静かに娘を抱きしめる。「泣いていい。」「今だけは、王女ではな
世界樹の祭壇は、静かな光に包まれていた。 先ほどまで激しく脈打っていた鼓動が、まるでルピナスを待っていたかのように穏やかになっている。 紫色の光が枝葉を伝い、天へと昇っていく。 祭壇の中央には、ラベンダーが一人、世界樹へ手を添えて立っていた。 「来ましたね。」 ルピナスはゆっくりと頷く。 「私に、まだ話していないことがありますね?」 ラベンダーは静かに目を閉じた。 「ええ。」 「今こそ、すべてをお話ししましょう。」 アスターも、フジも、ローゼンも祭壇へ集まる。 四人が揃ったことを確認すると、ラベンダーは世界樹へ魔力を流し込んだ。 眩い光が辺りを包み込む。 すると四人の前へ、一枚の巨大な魔法陣が浮かび上がった。 そこには、歴代の王たち、賢者たち、そして見覚えのない人々の姿が映し出されていた。 「これは……。」 ローゼンが息を呑む。 「世界樹の記憶です。」 ラベンダーは静かに答えた。 「この世界で起きた、すべての歴史。」 映像はさらに古い時代へ遡っていく。 王国が築かれる以前。 まだ国境も存在しない時代。 そこには一本の若い木が立っていた。 「世界樹……。」 ルピナスが呟く。 「そう。」 「この世界は、世界樹が人々の願いを受け止めることで均衡を保ってきました。」 「喜びも。」 「悲しみも。」 「愛も。」 「憎しみも。」 「すべて、この樹は見守ってきたのです。」 映像が切り替わる。 そこには一人の少女がいた。 銀色の髪。 紫色の瞳。 ルピナスによく似た面影。 「この人は……?」 「初代『花の巫女』です。」 ラベンダーは穏やかに微笑んだ。 「彼女は世界樹と契約し、人々の希望を未来へ繋ぐ役目を担いました。」 「そして、その血は代々受け継がれています。」 ルピナスは思わず胸へ手を当てる。 「まさか……。」 「ええ。」 「あなたが、その末裔です。」 静寂が流れた。 フジもローゼンも驚きを隠せない。 アスターだけは、小さく目を閉じていた。 「だから……。」 彼は苦しそうに呟く。 「私は何度世界をやり直しても、ルピナスだけは消えなかったのか。」 ラベンダーは頷く。 「花の巫女は、世界が希望を失わないための最後の灯火。」 「世界樹は、あなたを守り続けていたのです。」 ルピナス
ローゼン王子は決意した。調査が必要だ。なぜルピナスが自分を振ったのか。なぜ避けるのか。なぜ「結構です!!」なのか。その謎を解かなければならない。王族として。未来の国王として。そして何より。一人の男として。「殿下」側近が声をかける。「なんだ」「現在何をなさっているのでしょう」ローゼンは真剣な顔で答えた。「尾行だ」側近は頭を抱えた。学院の放課後。ルピナスは上機嫌だった。隣にはダリア。今日も美人である。「ダリアー!」「なんですの」「ケーキ!」「知っていますわ」「楽しみね!」「貴女は犬ですの?」ルピナスは笑った。前世ではほとんど話せなかった。
帰りの馬車の中。ルピナスは向かい側に座るフジを見つめていた。フジは窓の外を見ている。無言。ひたすら無言。静かだった。あまりにも静かだった。ルピナスは耐えられなくなった。「フジ」「なんだ」返事は早い。「趣味は?」「剣術」「それ仕事では?」「そうだな」会話終了。ルピナスは困った。ダリアがいたら笑っていただろう。「好きな食べ物は?」「米」「子供?」「違う」会話終了。ルピナスは天井を見上げた。何この人。難しい。しばらくして。フジが口を開いた。「お前」「なに?」「なぜ王子を振った」ルピナスは固まった。核心だった。聞かれると思っていた。
ダリアは頭を抱えていた。目の前には満面の笑みを浮かべたルピナス。意味が分からない。本当に意味が分からない。「友達になりましょう」「断りますわ!」即答だった。教室中が頷いた。当然である。普通ならここで終わる。だが。ルピナスは普通ではなかった。「そう」「そうですわ」「じゃあ明日また聞くわ」「聞かなくて結構です!!」ダリアは思わず叫んだ。ルピナスは感心したように頷く。「良い声ね」「何を言ってますの!?」「将来有望だわ」「何がですの!?」ダリアは混乱していた。授業終了後。ルピナスは帰宅準備をしていた。そこへ。ローゼンが現れる。「ルピナス」「結構
翌朝。第一王子ローゼンは寝不足だった。目の下にはうっすらと隈。朝食のパンを見つめながら呟く。「なぜだ……」隣にいた国王が顔を上げた。「何がだ?」「なぜ振られた」国王はパンを落とした。「は?」「ルピナスに振られた」「誰が?」「俺が」「ルピナスに?」「そうだ」国王は頭を抱えた。朝から重い話だった。「何かしたのか?」「していない」「本当に?」「していない」国王は疑わしい目を向けた。ローゼンは真剣だった。本気で分からないのだ。「ルピナスは昔からお前を好いていただろう」「そうだ」「ではなぜだ」「それが分からない」親子揃って分からなかった。その頃